【取材】味で語る委託専業Pernils Llémenaが支える“匠の技”
Tomoko Kato Tokyo 1 Julio ,2025
2025年4月、筆者はスペイン・マドリード州を訪れました。この地域を皮切りに、「一枚のハモン・セラーノ」に込められた知られざる物語と向き合うことになったのです。
このプレスツアーは、欧州連合(EU)が主導する高品質な農産物の国際プロモーション “ENJOY, IT’S FROM EUROPE” の一環として、スペイン・ハモン・セラーノ協会(Consorcio del Jamón Serrano Español)からの正式なご招待を受け実現しました。
日本でもグルメ層を中心に人気の「ハモン・セラーノ(Jamón Serrano)」は、スペイン産生ハムとして知られていますが、その背景にある制度や熟成文化、そして伝統を守る生産者たちの存在については、まだ十分に知られていません。
この連載では、協会の果たす役割や現地の生産者が大切にしている哲学、そして私が現地で体験した「ハモン・セラーノ」の魅力を、日本の皆さまに丁寧にお届けします。
シリーズ最終回は、スペイン北東部カタルーニャにある“委託専業”の名門工場、Pernils Llémena S.A.を訪ねます。ここでは、大手ブランドから預かった原料を、最新鋭の機械を使いながらも丁寧な手作業で手間を惜しまない職人技を取り入れ、無添加の生ハムへと仕立てる“委託専業”の工場です。シリーズを締めるにふさわしい、最後の一枚に込められた“時間”と“人の手”を追いました。
プレスツアーレポートはこちらからどうぞ
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工場は、大自然に囲まれています。
1. 委託生産の背景と工場の役割
Pernils Llémena(ペルニルス・ジェメナ)は、1992年に設立されたスペイン・ジローナの委託専業ハモン・セラーノ製造企業です。年間200万本、週産35,000本もの生ハムを製造できる設備をもちながら、自社ブランドを持たないという点で、他の生産者とは一線を画しています。
この工場が担うのは、複数ブランドから預かった原料肉を、高品質かつ徹底した管理体制のもとで加工・熟成すること。委託生産に特化しているからこそ、原料の状態やブランドごとの仕様に細やかに対応し、すべての工程で透明性と責任を持った生産体制を貫いています。
搬入された原料肉は、ブランドごとのバーコードで個体管理され、塩漬け日数や熟成期間、温湿度管理に至るまで緻密に設定されます。表には出ない存在でありながら、確かな技術と信頼で、数々のブランドの味を陰で支えているのです。
添加物は使用せず、天然の海塩がたっぷりと使われる
2. 古来の知恵を現代に再現、丁寧な塩漬けと自然乾燥の伝統
塩漬け工程では、一切の添加物を使わず、天然の海塩のみが使用されています。たとえば10kgの肉に対して10日間を目安に塩漬けを行い、途中で塩を追加しながら湿度管理された冷蔵環境で熟成を進めていきます。重量や脂の付き方に応じて個体ごとの調整が行われる、まさに職人仕事の領域です。
乾燥工程では、ローマ法王の時代から伝わる自然環境を再現した方式が採用されています。冬の冷気に始まり、春から夏へと季節の流れを模した温湿度の異なる部屋に段階的に移しながら、約15ヶ月以上の長い時間をかけて生ハムは熟成されていきます。
たとえば春の部屋(6~12℃)では最大5ヶ月、夏の部屋(25℃以上)では6ヶ月以上の熟成を経て、水分と脂質の分析が行われます。さらに秋の部屋(18~20℃)では、深みを増した生ハムが静かにその味わいを完成させていきます。
脂の多い個体には、6ヶ月以降さらに熟成期間を延長します。その際に乾燥を防ぐため、職人が専用の刷毛で豚脂(ラード)を表面に丁寧に塗布します。その一手間が、均一ではない生ハム一つひとつに、最適な熟成環境を与えているのです。
3. 骨付き、生ハムブロック、骨抜き …
ペルニルスジェメナ社が行っている納品形態は、主に以下の三種類です。
1. 骨付き原形
2. 骨付きから骨抜きへ
3. 骨抜きブロック(プレス加工)
納品形態は、主に以下の三種類です。
1. 骨付き原形
2. 骨付きから骨抜きへ
3. 骨抜きブロック(プレス加工)
骨抜き加工されたブロックは、表皮を取り除き、圧着成形したのち、再び熟成庫に戻されて最終成形されます。美しく均整のとれた形で納品される背景には、こうした繊細な工程が重ねられているのです。
個体ごとに管理されている
ラックに吊るされたグループも、それぞれ管理されている
骨付き原形の生ハム
骨抜きブロック(プレス加工)=骨を抜いた2本を組み合わせて型に入れ加工したもの
機械によるスライスパックが可能になる
4. 品質管理と最新施設
品質管理体制は非常に厳格です。毎日ランダムに4本をピックアップし、塩分濃度や水分量をラボで科学的に分析しています。
また、敷地内には最大1億5千万本もの熟成が可能なストック設備が整っており、出荷対応力も万全です。輸出国ごとの基準に対応できるよう、専任チームが各種規格・法令にも精通しており、必要に応じて世界中に配送することができます。
作業環境の安全対策にも余念がなく、肉の搬入時には色と脂の状態をチェックし、加工エリアごとにプロテクターを着用。壁・床の素材も用途別に分けられ、衛生管理とクロスコンタミ防止が徹底されています。
また、塩を落とす際に風を利用する工程もあり、水使用量を年間で約5万L削減。技術と環境配慮のバランスにも優れた取り組みが光っています。
工場内は、どこを見ても清潔感が保たれている
工場に入る前はもちろん、工程が変わる場所でも白衣等すべてを着替えるほどの徹底ぶり
5. “一枚の美学”を支える人の手
真冬の乾いた空気、春の芽吹き、夏の熱、そして秋の静けさ。その四季を閉じ込めたような熟成庫の中で、何ヶ月もの時間の移ろいが、まるで樽のように深い味をもたらします。生ハムは静かに時間を重ねていきます。
仕上げの工程には、整形、骨抜き、包装など、機械を活用した正確な作業も多くありますが、最終的な品質を左右するのは「人の目」と「人の手」です。個体ごとの脂の状態、熟成の進み具合、皮の厚みなどに対して、その都度柔軟な判断が求められます。
「大量生産」でありながら、「大量画一」ではない。機械では捉えきれない微差を見抜き、最後の“味”を調えるのは、現場の熟練スタッフの経験と勘です。
熟成中の生ハムから脂が落ちているところ
表面の乾燥を確認すると職人がラードを塗る
6. シリーズまとめ:「ハモン・セラーノ」とは何か?これからの食の豊かさとは?
これまで取材してきた5つの現場は、それぞれに立場も背景も異なります。しかし、どの場所でも共通していたのは、「時間を惜しまず、手仕事を大切にする」という姿勢でした。それこそが、世界中の食卓から愛されるスペイン産生ハムの味を支える柱であり誇りなのかもしれません。
ハモン・セラーノは食品ですが、まるで土地の気候と風土、人の知恵と工夫、そして時間の蓄積から生まれる、スペイン文化の結晶のようです。
最後に訪れたPernils Llémenaは、名を前に出すことなく、ただ「味で語る」生産者でした。委託というかたちで他者のブランドを支えながら、自らの哲学と技術を静かに貫く姿勢は、“静かな頂点”と呼ぶにふさわしいと感じました。
「ハモン・セラーノ」というひとつの食材を通して見えたのは、人と土地と時間が生んだ食文化の物語でした。時代に合わせて改良を積み重ねながらも、大切に守られてきた製法や考え方がしっかりとそこにあったからです。
効率だけでは測れない価値、名前が出なくても必要とされる技、そして「手間こそが品質である」という想い。それは、これからの食卓にこそ必要な“本質的な豊かさ”ではないでしょうか。
7. 最後に
5回にわたるハモン・セラーノ特集をお届けして参りました。ここまでお付き合いいただき、心より感謝申し上げます。
今回のプレスツアーを経験し、スペイン産生ハムのイメージはこれまでと大きく変わりました。生産量から考えると、効率が最重要視されていると想像していましたが、実際にはそれだけではなかったからです。そんな便利な機能があるのかと驚くような最新鋭の機械も確かにありましたが、それをプログラミングして動かすのも、不具合があった時に駆けつけるのも、そこはやはり人でした。
読者の皆さんにも、大切な方々と過ごす時間に、レストランやご自宅で、ハモン・セラーノをぜひ味わってみていただきたいです。そしてハモンを手にする際は、ぜひハモン・セラーノ協会のマークを探してみて欲しいです。その一枚を味わうときに、生産者や協会の方々がそこに込めた思い、今回の背景を少しでも思い出してもらえることがあったらこんなに嬉しいことはありません。
スペインワインと食協会とは
スペインワインと食協会は、「スペインワインと食文化を囲み、高品質なスペインの魅力を皆さまと体感すること」を原点に、一過性ではないスペインブームを築く活動をしています。今後もスペインワインと食を真ん中に、新しい取組みや情報をご提供して参ります。
スペインワインと食大学運営 スペインワインと食協会(日本事務局/(株)LA PASION加藤 スペインオフィス/原田)
WEB:spainwinefood.org E-MAIL: info@spainwinefood.org
スペインワインと食協会プロデュース「スペインワインと食大学」とは
企業と一般の人々のプラットホームとなるオトナの学び場「スペインワインと食協会(=スペ食大学)」を開催しています。
多くの人に知られていない「スペインワインと食」を見る、聞く、味わう、体験と、五感を使い楽しみながら、その業界の一流講師による貴重な講義を体験できます。ここでしか得られないリアルイベントならではの仲間との出会いは一生の宝物です。
スペインワインと食協会 加藤智子/ PERIODISTA DE AGE TOMOKO KATO
福岡県出身のインポーター/ジャーナリスト。シェフ、パティシエ、ワイン販売を経て、日本の名門レストランで広報・PRを担当。飲食・流通・小売の現場経験を活かし、スペイン食材輸入販売の(株)LA PASIONを設立。2011年に「スペインワインと食協会」を創設。欧州委員会主催の農業・食品ビジネスフォーラムでは、EU加工品の専門家として講師を務めた。州政府や企業団体からは、現地展示会や生産者取材のため招聘を受けている。企画・プロデュースした人気講座「スペインワインと食大学」は、生産者、団体、企業、レストランからも開催依頼が続く。WSET Level3に挑戦中。EUワイン・食材プロモーションを担う海外企業からの日本市場支援の依頼も相次ぐ。現場と消費者をつなぐ語り手として、企画・講演・教育活動を展開中。「LOHASPAIN」編集長。オリーブオイルソムリエ®。
